予備校・塾の講師をチェックするさいに、最低条件として満たすべきポイントは、つぎの点だといえます。それは、講師が受講生の学力を上げることに、どれだけ前向きな姿勢をもっているか、という点です。どの予備校も塾も、講師採用試験は十分厳しいものを行っているでしょうから、受験における専門知識は、みな優れたものを持っているでしょう。それを指導力に結びつけるには、やはり受講生とのコミュニケーションが不可欠です。質問を受けたり、ときには学習計画の相談にのったりする。そうしたことを、プロ意識をもって、億劫がらずに引き受けているか。そこが、講師チェックのもっとも大切なポイントです。これらをチェックするには、その予備校なり、塾なりが、「どんな基準で講師を採用しているか」を問うことが有効です。キャリア重視、学歴、専門、知名度、執筆歴、熱心さなど、予備校・塾によってさまざまでしょうが、そんな中から、さきの点を満たす要素を見出すことが肝腎です。
中学生になると、勉強のできる子とできない子が、はっきり色分けされてしまう。5段階評価で4以上を常にとっている、できる子を持った親は、それだけで一安心といったところだろう。この世の中に、生まれつき頭の悪い人間は、ほとんどいないといってよい。脳に欠陥がある場合は例外だが、百人のうち九十五人ぐらいは能力的に差はあまりないはずである。各人それぞれ、いろいろな才能を持っているのが人間である。小・中学校で習う数学や英語ができる子だけが才能がある、つまり頭がよいと判断するのは間違っていることは言うまでもない。それでも、学校の成績が伸びる子と伸びない子に分かれてしまうのは、その子どもの育った環境の違い、親の子どもへの接し方の違いが主な原因といえる。
教育の問題点は、子どもに対するあきらめだけでなく、親である自分自身に対するあきらめをもった人が少なくないということです。この親たちは、若いころの受験戦争で希望した大学に入れなかった負け組意識があり、それが尾を引いているケースが多く見られます。いうまでもなく、そうした人びとの中にも社会で成功を収めたケースは多いのですが、そういう人の中には、日本における多くの企業が比較的、学歴を尊重したために冷や飯を喰わされ、特に大企業に入った人の場合、逆転のチャンスに恵まれなかった人も多いという事惰があります。これらは熾烈な受験戦争が残した「負の遺産」といっていいでしょう。しかし、その時代には、勝ち組も負け組もみんな真剣に勉強したのです。彼らは高度成長の担い手であり、たとえば高卒の工場労働者は世界的に屈指の優秀さが評価され、日本の工業製品のハイクオリティのバックグラウンドとなりました。こうした意味では、日本の教育は、全体として間違っていたわけではなかったのです。